• 失行とはどんな症状?
  • どんな種類がある?
  • 失語や失認とどう違う?
  • 家族はどう関わればいい?

歯ブラシを逆さに持つ。服の袖に頭を通そうとする。手足はふつうに動くのに、今までできていた動作ができない。これが失行です。脳の損傷によって、動作の組み立てがうまくいかなくなった状態を指します。

この記事では、失行の6つの種類と日常生活での現れ方、失語や失認との違い、リハビリと家族の関わり方まで、脳神経外科専門医の監修のもと解説します。

この記事で分かること
  • 失行の定義と、麻痺や感覚の障害との違い
  • 6つの種類と、日常生活での具体例
  • 失語・失認・遂行機能障害との見分け方
  • 脳卒中と認知症、それぞれで起こる失行
  • リハビリの内容と、家族や介護者ができること

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失行とは麻痺がないのに動作ができない状態

失行のわかりにくさは、「できないのに、体は動く」という点にあります。

運動麻痺や感覚の障害とは異なる

麻痺があれば、力が入りません。感覚の障害があれば、触っている感じが分かりません。失行は、そのどちらでもありません。

「手を上げてください」と頼めば、上がります。握力も落ちていません。ところが歯ブラシを渡すと、毛先ではなく柄の側を口へ運ぶ。動かす力はあるのに、その場面で何をどうするかという組み立てが崩れている状態です。

歩くときにふらつく、手が震えて狙ったところに届かない、といった症状は失行ではありません。こちらは運動失調と呼ばれ、主に小脳の障害で起こります。同じ「思うように動かせない」でも、原因の場所が違います。

本人に自覚がないことがある

見落としやすいのが、ここです。

本人は、いつもどおりやっているつもりでいます。だから間違いを指摘されても心当たりがなく、「なぜ注意されるのか分からない」という受け取り方になります。周囲からは、ふざけている、投げやりになっている、と見えることもあります。

すれ違いが起きやすいのは、どちらにも悪気がないからです。失行は意欲や性格の問題ではなく、脳の損傷によって起こる症状だと知っておくことが、関わり方の出発点になります。

高次脳機能障害のひとつ

失行は、高次脳機能障害に含まれます。脳の損傷によって、記憶や注意、言葉、動作の組み立てなどに支障が出る状態のことです。同じ仲間として、失語(言葉の障害)、失認(見て分からない障害)、記憶障害、遂行機能障害(段取りの障害)が並びます。

失行が起こりやすいのは、言葉などをつかさどる側の脳、多くの人では左脳が傷ついたときです。失語と同じ側であり、実際に両方が同時に現れることも珍しくありません。

失行の6つの種類と症状の例

失行は、ひとまとめの症状ではありません。何ができなくなるかで、いくつかに分かれます。代表的な6つを、日常のどんな場面で現れるかとあわせて見ていきます。

肢節運動失行|動きがぎこちなくなる

何をするかは分かっていて、手も動きます。ただ、動きが粗くなる。細かい調整が効かなくなるタイプです。6つのうちでは、もっとも軽く見えます。

  • シャツのボタンが留められない
  • 財布から小銭をつまみ出せない
  • 鍵穴に鍵をうまく差し込めない

「年のせいで手先が不器用になった」と受け取られやすく、見過ごされがちです。気づく手がかりは、左右の差です。片方の手だけが急にぎこちなくなったのなら、加齢ではありません。

観念運動失行|身振りができない

道具を使わない動作、つまり身振りや真似ができなくなります。実際の場面ではできるのに、頼まれてやろうとすると出てこないのが特徴です。

  • 「さようなら」と手を振る動作ができない
  • 敬礼やじゃんけんの真似ができない
  • 「歯を磨く格好をしてみてください」と言われてもできない

ところが、洗面台の前に立って歯ブラシを持つと磨ける。指示されるとできず、いつもの場面ならできるというずれが、この種類の見分け方になります。

体に染みついた流れをたどる分にはつまずかないのに、頭の中で動作を組み立てて取り出すことができない。そのため検査室では見つかり、家では気づかれないという順番になりがちです。

観念失行|道具が正しく使えない

道具を何にどう使うかが分からなくなります。生活への影響がもっとも大きく、失行と聞いてイメージされるのはたいていこの種類です。

  • 歯ブラシを逆さに持って口へ運ぶ
  • 急須に湯を入れる前に湯呑みへ傾ける
  • マッチを箱でこすらず、そのまま口へ持っていく
  • 石けんを泡立てずに体をこする

一つひとつの動作はできるのに、順番と組み合わせが崩れます。お茶を入れる、歯を磨く、といったいくつもの手順が連なる行為でつまずくのがこのタイプです。

台所や洗面台は、手順の連なりでできています。だから生活の中では真っ先に表に出ます。逆に、道具を1つだけ渡して1動作だけ頼めば、できることもあります。

着衣失行|服が着られない

服と自分の体の関係が分からなくなり、着る動作ができなくなります。

  • 袖に頭を通そうとする
  • 前後や裏表を反対に着る
  • ズボンの片脚に両足を入れてしまう
  • 途中で止まったまま、次に進めない

服は、袖や襟の位置を自分の体に当てはめながら着るものです。その当てはめが崩れると、どこから手を入れればいいのか分からなくなります。

毎朝必ず通る場面なので、家族がいちばん早く気づく症状でもあります。「急に着替えに20分かかるようになった」という変化がその入口です。

口腔顔面失行|口や舌が動かせない

口や舌、顔の動きを指示どおりに作れなくなります。食事の動作や、言葉の発音にも関わってきます。

  • 「舌を出してください」ができない
  • 口笛が吹けない、頬をふくらませられない
  • 咳の真似ができない

食事の場面では、口を開けるタイミングが合わない、飲み込む動作が始まらないという形で出ます。介助する側からは「食べたがらない」と見えることもあります。

失語と重なって現れることが多く、言葉が出にくいのか、口の動きが作れないのかの区別が必要になります。

構成失行|図形が描けない

形を組み立てることができなくなります。線のつながりや位置の関係が崩れ、見本があっても同じように描けません。

  • 立方体や時計の絵が描けない
  • 積み木やブロックを見本どおりに組めない
  • 折り紙の手順についていけない

検査で気づかれることが多い一方、生活の中にも現れます。料理の盛りつけがまとまらない、荷物が箱に収まらない、洗濯物をたためない。平面や立体の組み立てが関わる場面すべてが対象になります。

入院中は気づかれず、退院後に見つかることがある

入院中は、着替えも食事も介助を受けます。道具を出す人がいて、順番を促す声もかかる。そのため失行は表に出ないまま過ぎてしまうことがあります。

見つかるのは、自宅に戻ってからです。麻痺のような目立つ症状がないぶん、「退院できたのに、なぜお茶を入れられないのか」と家族が戸惑う形で現れます。気づく場所は病院ではなく、台所や洗面台です。

失語・失認・遂行機能障害との違い

名前が似ているため、混同されやすい3つがあります。分かれ目は、どこでつまずいているかです。

 つまずいている場所現れ方の例
失行動作の組み立て歯ブラシを逆さに持つ
失語言葉言いたい単語が出てこない
失認見て分かること目の前の物が何か分からない
遂行機能障害段取り・計画手順を決めて進められない

失語との違い

失語は、言葉の障害です。言いたいことが言葉にならない、相手の話が理解できない、という形で現れます。

失行は、言葉ではなく動作です。ただし両方とも同じ側の脳で起こるため、重なることがよくあります。指示が通らないのは言葉が届いていないからか、動作が作れないからか。ここを分けて考えないと、関わり方を間違えます。

失認との違い

失認は、見えているのに何か分からない状態です。目の前のコップを見ても、それがコップだと認識できません。

失行では、コップだと分かっています。分かっているのに、使う動作が出てこない。分からないのか、分かるのにできないのかが分かれ目です。

遂行機能障害との違い

遂行機能障害では、一つひとつの動作はできます。できないのは、目標を決めて手順を組み、順番に進めることです。前頭葉の障害で起こりやすく、詳しくは前頭葉の機能について解説した記事で扱っています。

失行は、その一つひとつの動作でつまずきます。料理を例にすると、段取りが立てられないのが遂行機能障害、包丁の持ち方が分からないのが失行です。

失行が起こる原因は脳卒中と認知症

失行は、脳のある場所が傷つくことで起こります。原因として多いのは、脳卒中と認知症の2つです。

脳卒中による脳の損傷

脳梗塞や脳出血で脳の細胞が傷つくと、その場所が担っていた働きが失われます。失行に関わるのは、頭の後ろ寄り上方にある頭頂葉と、その周辺です。ここは体の位置や物との距離をまとめ、動作の見取り図を作っている場所です。

多くの人では、言葉をつかさどる側の脳、つまり左脳が傷ついたときに現れます。そのため右半身の麻痺や失語と一緒に見つかることが多くなります。

認知症の中核症状としての失行

認知症でも失行は起こります。脳卒中のように急に始まるのではなく、少しずつ現れるのが違いです。

記憶の障害や見当識の障害と並ぶ中核症状のひとつとして扱われ、アルツハイマー型認知症では、病気が進むにつれて着衣や道具の使用が難しくなっていきます。「認知症だから何もできなくなった」とまとめられがちな変化の中に、失行が混ざっていることがあります。

見分ける手がかりは、始まり方です。ある日を境に急にできなくなったなら脳卒中を、数か月から数年かけて少しずつ怪しくなってきたなら認知症を考えます。

頭部外傷・脳腫瘍

転倒や事故による頭のけが、脳腫瘍でも同じ場所が傷つけば失行は起こります。頻度としては多くありませんが、頭を打ったあとに動作の様子が変わったなら、それは意欲の問題ではありません。

失行の検査と診断

失行を調べる方法は、大きく2つに分かれます。決まった課題をやってもらう検査と、普段の生活の様子を見ることです。

どちらか一方では足りません。課題ではできるのに家ではできない、という食い違いがよく起こるからです。

方法何を見ているか
SPTA(標準高次動作性検査)身振り、道具の使用、着衣、図形の模写などを項目ごとに確認する
WAB(ウェスタン失語症検査)の一部失語を調べる検査の中で、動作の項目もあわせて確認する
日常生活の観察着替え、食事、歯磨きなど、実際の場面での様子を見る
MRI・CT脳のどこがどれくらい傷ついているかを確認する

このうち、実際に手がかりになりやすいのは日常生活の観察です。検査室では手順を促す声がかかるため、できてしまうことがあります。「家ではお茶を入れられない」という家族の一言が、検査より早く失行に気づかせることも少なくありません。

失行のリハビリと家族の関わり方

失行のリハビリには、「これをすれば必ず良くなる」と言えるほど確立された方法がまだありません。それでも、できることは残っています。

リハビリで行うこと

軸になるのは2つです。ひとつは行為の誘導。動作の始まりを手伝い、途中で止まらないよう導きます。歯ブラシを手に持たせるところまで介助し、あとは本人の動きに任せる、といった関わり方です。

もうひとつがフィードバックによる修正です。うまくいかなかった動作をその場で伝え、やり直してもらう。この繰り返しで、動作の感覚を作り直していきます。

加えて、できる方法に置き換える工夫も行います。ボタンをマグネットに替える、かぶりの服にする、道具を使う順に並べておく。動作そのものを取り戻すことと、別の手段で生活を成り立たせることは、どちらも必要な手当てです。

家族や介護者が気をつけたいこと

関わり方を少し変えるだけで、できる動作が増えることがあります。

関わるときの5つのこと
  • 指示は一度に一つ:「服を着て」ではなく「右手をここに通して」
  • 言葉より、動作で見せる:一緒に手を動かすほうが伝わります
  • 始まりだけ手伝う:最初の一手が出れば、あとは続くことがあります
  • 急かさない:焦らせると、動作はさらに崩れます
  • できたことを言葉にする:本人は成否が分からないことがあります

やってはいけないのは、間違いをその場で責めることです。本人はいつもどおりやっているつもりなので、叱られても理由が分かりません。

環境を整えるという考え方

本人の力だけに頼らず、周りの環境で補う。これが失行では特に効きます。

歯ブラシと歯磨き粉だけを洗面台に出しておけば、迷う要素が減ります。服は着る順に重ねて置く。使わない道具は片づけておく。選ぶものが少ないほど、動作は始まりやすくなります。

当院では、理学療法士・作業療法士が脳卒中後の高次脳機能障害に対するリハビリテーションを行っています。常勤の理学療法士3名と作業療法士1名が在籍し、医療保険・介護保険のいずれにも対応しています。詳しくはリハビリテーションのページをご覧ください。

江坂で高次脳機能障害を相談できる当院

おくだ脳神経外科クリニックは、大阪メトロ御堂筋線「江坂駅」から徒歩7分の場所にあります。院内に1.5テスラのMRIを備え、日本脳神経外科学会専門医が診察と結果説明を行っています。

失行は、手足の麻痺のように目で見て分かる症状ではありません。だからこそ、ご家族の「以前と様子が違う」という気づきが診療の手がかりになります。着替えに時間がかかるようになった、道具の使い方が怪しい。そういう変化があれば、どうぞお話しください。

よくある質問(FAQ)

Q. 失行は治りますか?

回復の程度には個人差が大きく、期間を約束できるものではありません。傷ついた場所と範囲、原因が脳卒中か認知症か、それによって経過は変わります。

脳卒中による失行では、時間の経過とリハビリによって改善していく例があります。一方、認知症による失行は進行していく性質のものです。ただしどちらの場合も、環境を整えて手順を減らせば、できる動作は増やせます。元に戻るかどうかだけが目標ではありません。

Q. 看護や介護の現場では何に気をつければよいですか?

まず、失行と意欲低下を分けて見ることです。「やろうとしない」のではなく「やり方が出てこない」場合、声をかけて促すだけでは動きません。最初の一手を手伝うほうが効きます。

もうひとつは、できた場面とできなかった場面を記録しておくことです。指示されるとできないのに、いつもの流れならできる。この差は失行の種類を絞る手がかりになり、リハビリの方針にも直結します。介助しながら気づいたことは、そのまま貴重な情報になります。

Q. 認知症の失行は進行しますか?

認知症が原因の場合、失行も病気の進行に沿って変化していきます。着替えや道具の使用が、時間とともに難しくなっていく形です。

ただし、進み方は一様ではありません。生活の中で続けている動作は保たれやすい傾向があります。できなくなった動作を数えるより、いま続けられている動作を手放さないこと。これが実際の関わりでは大切になります。

監修者情報・参考文献

医療情報は正確性が求められるからこそ、「誰が監修しているか」「どの資料に基づいているか」を明示することが大切です。本記事は、脳神経外科専門医として臨床経験を持つ医師の監修のもとで作成しています。

監修医プロフィール(おくだ脳神経外科クリニック 院長)

監修医プロフィール
  • 院長名:奥田 泰章(おくだ やすあき)
  • 資格:日本脳神経外科学会専門医/日本脳卒中学会専門医/日本脊髄外科学会認定医
  • 所属学会:日本脳神経外科学会/日本脊髄外科学会/日本脳卒中学会/日本脳卒中の外科学会/日本頭痛学会
  • 所在地:大阪府吹田市江坂町2-1-47 京阪神新江坂ビル1F

大阪メトロ御堂筋線「江坂駅」から徒歩7分。院内に1.5テスラのMRIを備え、脳と首の症状の診療にあたっています。理学療法士・作業療法士によるリハビリテーションも院内で実施しています。

執筆者

本記事は、当院リハビリテーション科の理学療法士が執筆し、院長が監修しています。

参考文献・関連情報一覧

本記事の内容は、以下の学会ガイドラインおよび公的機関の情報を参考に、監修医の臨床経験を踏まえて作成しています。

  • 国立障害者リハビリテーションセンター『高次脳機能障害情報・支援センター』
  • 国立障害者リハビリテーションセンター『高次脳機能障害者支援の手引き』ほか支援・診療のための資料
  • 日本神経学会『認知症疾患診療ガイドライン2017』
  • 日本脳卒中学会『脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2025〕』
  • 日本脳神経外科学会『脳神経外科疾患情報ページ』

参考文献についての補足

上記の資料は改訂・更新されることがあります。最新の情報については各学会・機関の公式サイトをご確認ください。また、本記事はあくまで一般的な医学情報の提供を目的としたものであり、個別の診断や治療方針を示すものではありません。気になる症状がある場合は、医療機関を受診してください。

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